メール鑑定

阿須賀神社(あすかじんじゃ)

こちらは阿須賀神社です。

(たぶん)熊野にご縁をいただいた、よんでくれた神さまの、お一柱。
観光地でもないし、大きいところじゃないけど、とても古くて大切な場所。

第五代孝昭天皇の御世に創立し、イザナミノミコトが
熊野でお生みになった神々をお祀りしています。
熊野は、黄泉の国、常世(とこよ)の国。
こちらは、熊野発祥の地と言われています。
熊野の神さまは、まず神倉神社に現れ、
その後この阿須賀神社に移られてから、熊野本宮に昇られたと聞きました。

ご祭神の、コトサカノオノミコト、珍しいですよね。
日本書紀の別記にだけ登場します。
コトサカノオノミコトは、
イザナギのミコトが、黄泉の国からの場面で、
別れを告げた時、
その唾から、ハヤタマノオノカミが生まれ、
掃きはらって、コトサカノオノミコトが生まれたと。

キワにたつ神さま。

IMG_20130817276

神社は、蓬莱山の南に鎮座されています。
山というよりも、丘で北側は熊野川、海もすぐそばです。
古代には、島だったようです。

蓬莱山は、神さまのいる神奈備山。
なので、神社の形になる前には、
阿須賀神社(の場所)は、蓬莱山を御神体とする
自然崇拝の祭祀場だったんでしょうね。
アスカの森は、禁足地です。
また、ここの「アスカ」も古い言葉。
古代朝鮮語が語源とか、祭祀生活に適した霊場のこと、とか。

また、徐福の伝説も残っています。
徐福は、紀元前3世紀の中国、秦の時代の人物で、
道教方士として始皇帝に仕えていました。
始皇帝の「不老不死の仙薬を探して来い」との命令を受けて、
少年少女3000人を伴う大船団で東海に船出し、
そして2度と秦に戻ることはなかった方です。
その徐福が阿須賀の地に上陸し、蓬莱山の麓に住みついて、
里人に農耕や捕鯨、造船、製紙などの技術を伝えたのだといいます。

ここからも古代の大陸との、交流がうかがえます。

徐福の伝説と、神社の創建を考えると、
時代があわないのですが、
弥生時代からの古くからの出土品が多くあります。
古くからの聖地であり、
熊野信仰もあって、中世以降、仏教の影響もあり、
不老不死の伝説がクローズアップされたんでしょうね。

境内には、新宮市立民族資料館もあります。

いずれにしても、
熊野は大和の朝廷のできる前からの聖地です。
また、大和の勢力の及んだあとも、
黄泉の国、あの世、常世の国、再生の国です。

こちらは、子安之社。

IMG_20130817279

お稲荷さんもいます。
赤いお稲荷さんの、お隣は、徐福の宮。

IMG_20130817280

那智、熊野の神社やお寺の、観光地になるような場所は
もちろん、すばらしいのですが、
こちらのような観光地ではないお社やお寺が、
地元の方々や、神職やお寺の方々に本当に大切にされてるなぁ、
と暖かい気持ちになりました。

そういう所は、
掃除がしてあったり、道が整備されていたり
行き交う時はお声をかけて頂いたりします。

熊野はやはり、深くて
自分のなかで時間が必要かもしれません。

阿須賀神社


このブログ記事がお役に立ちましたら、こちらからのプレゼントも嬉しいです。

*この記事を書いた人について
 辰巳(たつみ)
 聖地を巡礼する占い師。西洋占星術とタロットを使います。
 メール鑑定と対面セッション、オンライン、電話での鑑定をしております。
 薬剤師。アロマ検定1級。
 日々の情報発信は、Twitterもフォローください。
 こちらです→ @divinus_jp https://twitter.com/divinus_jp
 このサイトでは、聖地と占いの記事を書いております。

*鑑定について
 メールと電話、対面、オンライン鑑定を行っています。 鑑定については、こちらで。
 対面鑑定のスケジュールは、こちらで。
スポンサーリンク