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ひっそりとスピリチュアルしています

ああ、こんな事もあるよねぇ、と読ませていただきました。

私たち、というと一般論になってしまうので、あえて、私は、と書かせていただくと、私は、いろんな過去世と未来の理由で、いま、この現世にいます。
私なりの理由が(たぶん、いくつか)あってパワースポットに行ったり、占いをしたりしていますが、すべての方が、スピリチュアルに関わることが、必要な事だとは、思えません。

でも、もし、なんでここ(この世)にいるんだろう、と思うような時、そんな時は、つらい時期にきまっているのですが、(楽しい時、絶好調な時は、そんな事、感じもしません)信仰なり、スピリチュアルなりで、目にみえる事象を、ウラからみる、別の目でみると、わかる事もあると思います。
「わかる」という事は、「癒される」事にも通じます。
ついでに、ウラの意で、占いです。(ごめんなさん、調べてません。笑)

友人を亡くしてしまった。つらい。

既存の信仰、例えば、仏教なりキリスト教なりも、そんなつらい時期に、いろんな答えをもっています。
仏様は、お浄土で迎えていただいてます。
主はいつも、おそばにいます。
安心して。
だから、スピリチュアルでなくてもいいのです。

友人を亡くしてしまった。つらい。
スピリチュアルな答えの一例では、でも、今、そばにいてあなたのそばにいるよ。
見守っているよ。
そういわれると、優しい気持ちになるのです。

ところが、スピリチュアルという分野では、亡くなった友人は、そばにいるよ、といいながらも、ちょっと不安なこともあります。
以前、有名なスピリチュアルな方の言葉を利用した、良くないセールスもあったようです。

それは、既存の宗教でも同じなのですが、割合としては、まだ、穏やかだと思うのです。
例えば、瞑想。あるいは座禅。
一人でもできるのですが、わりといろんなビジョンが見えます。
でも、そこに第三者がいて、座禅修行で指導されていれば、魔境にはいらないようにするような安全装置があります。
入りそうな者を警策でたたいたり、「こんなビジョンが見えた、おお私はすごい」
と思っても、「それがどうした」と問答されます。
そこは、すごいなあ、と思います。

スピリチュアルについては、私は、いろんなスピリチュアルな分野を知っておけば、自分なりの「これは、アヤシイぞ」という安全装置ができてくるように感じます。
だから、いろんな人にあってみたり、いろんな所へ行ったり、本なり、ブログなりを経験するようにしています。

筆者の桜井識子さんは、介護のお仕事をされながら、いろんな経緯があって、スピリチュアルなブログを書かれています。
その経緯の一端は、この本に書かれています。
このなかには、神社への参拝や、縁のある亡くなった方や、あるいは、成仏できない方とのやりとりもあります。
実はこの本は「すべてがその通り」だとは、私は、思いませんでした。
かといって、「全部ウソ」とも思いません。

それは、赤いりんごをみても、美しいと感じるか、美味しそうと感じるかの違いのように、彼女のこの世にいる理由と、私の理由が違うからでしょう。
だから、へー、そうなの?
ああ、そういう事もあるよね、わかるわかる、と読みました。

もし、興味のある方は、そのくらいの良い意味での、ユルさで読んでみたらいかがでしょうか。
また、スピリチュアルな本については、ひとつじゃなくて、いくつか読むのをおすすめします。

桜井識子さんは、彼女なりの理由でこの現世におられて、彼女なりのやり方で、スピリチュアルに関わっておられます。
この世で、このような形で、菩薩行をされるお仲間がおられると思うと、とても嬉しく思いました。
介護職をされているのも、菩薩行のひとつかもしれません。
(あるいは、全く別の理由がある方もいます)

この本の話ではないのですが、仕事ではなく、病院か介護が必要な場所に行く時で、ご自身は元気で、付き添いや、お見舞いに行かれる方で、わりと感じやすい方は、しっかりガードしてから行ってくださいね。

それから、守護霊さんという存在を思い出させていただきました。
ありがとうございました。

ひっそりとスピリチュアルしています

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