2026年10月23日 作家の村上龍さんの訃報がX(旧Twitter)のタイムラインに流れてきました。
村上龍氏 ご逝去のお知らせ
作家の村上龍氏が2026年10月17日に 自宅で逝去されました 享年74歳
ここに謹んで哀悼の意を表し ご報告申し上げます
葬儀におきましては 家族葬として執り行われました『限りなく透明に近いブルー』に始まり 常に若い世代に向けて衝撃的な作品を発表し続けた村上龍氏の早すぎる逝去の報せを受け 深い悲しみに堪えません
時代のトップランナーとして疾走した同氏の安らかな眠りをお祈り申し上げます有限会社村上龍事務所
株式会社幻冬舎編集本部— 幻冬舎BOOKS (@BOOKS_GENTOSHA) October 23, 2026
その日に、私もXにもポストしたのですが、こちらを読まれる方は別なので、あらためて書いておきます。(ブログ向けになおしました)
龍さんの本は、いっぱい読みました。
私は自分のブームになるとその著者をしばらく追って読む癖があって、でも龍さんは、ブームじゃなく、ずっと読んでました。
もちろん、デビュー作の『限りなく透明に近いブルー』も。龍さんが監督をした映画も見ました。
そして、もう卒業だな、と思いつつ『すべての男は消耗品である』シリーズは最初から、最終巻まで全部読んだし、
『コインロッカー・ベイビーズ』『5分後の世界』から『歌うクジラ』も。
あと、スピリチュアルな事を追いかけていたら、え?ここで龍さんがでてくるの?とでびっくりして読んだのが『「超能力」から「能力」へ』
しばらく、これってあの村上龍なの?は信じられなかったですけど、読んでみたらすごく龍さんだった。
九州の大きなホテルのロビーで偶然、いらっしゃって一緒に写真を撮ってもらったこともありました。
ありがとうございました。
お疲れさまでした。
当日、ポストしたのはここまで。
その後、自分のタイムラインには龍さんを追悼するポストが流れてきました。
(アルゴリズムがそう判断しただけなんだけど)
いくつかリポストしながら懐かしい思いと、それはちょっと違うんじゃないの?という思うポストも目にしていました。
いくつかここに引用します。
村上龍さんの訃報に接し 真っ先に思い出したのは
やはり「Ryu’s Bar 気ままにいい夜」でのユーミンとの伝説的な対談です📺✨デビュー以来「時代を切り取る作家」であり続けた村上龍さん📚
そして 「時代そのものを歌に変えてきた」ユーミン🎤🌙普通なら村上龍さんがインタビュアーとして鋭く切り込む構図になるはずなのに
ユーミンの回だけは少し違っていました😌ユーミンは村上さんの質問に答えながらも
時に逆質問し✨
時に分析し🔍
時に村上さん自身の本質を言い当ててしまう💫「文章は過激なのに意外とあっさりしたタイプに見える」
「論理的に話そうとするところが男っぽい」
「リードしているから通用するのよ」
そんな言葉を次々と投げかけるユーミンに対し
村上さんは楽しそうに応じながらも
どこかタジタジになっていた😊まさに
“ユーミンが村上龍を手玉に取った夜”
でした✨しかし印象的なのは
そのやり取りの奥に流れる互いへの深い敬意です🤝村上さんはユーミンを
「変化し続けている」
「好奇心がものすごく強い」
「女性の方が先を行っている気がする」
と評し🌟
最後には
「スタイルいいし 綺麗だし 才能あるし 頭いいし どうしようもないんじゃないですかね」
と半ば降参したように語っていました😊そしてその直後の
「逃げながら 自分の能力を最大限に発揮して作っていくしかない」
という言葉✨
これは村上龍という作家自身の創作哲学であったように思えます📖『限りなく透明に近いブルー』
『コインロッカー・ベイビーズ』
『愛と幻想のファシズム』
『五分後の世界』
『イン ザ・ミソスープ』
『半島を出よ』
そして『13歳のハローワーク』
社会の歪みも 人間の欲望も 未来への不安も
誰よりも早く言葉にしてきた作家でした🖋️あの対談でユーミンが語った
「人生いくつあっても足りないなと思う」
という言葉があります🍀
好奇心によって世界を見続けたユーミン✨
そして 好奇心によって人間を見続けた村上龍さん✨だからこそ二人の会話は 単なる対談ではなく
時代の最前線を走る表現者同士の知的なセッションとして🎙️🌏
今も色褪せないのだと思います💫ユーミンの楽曲がこれからも歌い継がれていくように🎶
村上龍さんの作品もまた 時代が変わるたびに新しい読者に発見され続けるでしょう📚✨あの「Ryu’s Bar」で見せた鋭さとユーモアと少年のような好奇心を忘れません🌙
心よりご冥福をお祈りいたします🙏#村上龍 📚 #松任谷由実 🎤 #ユーミン 🌙 #RyusBar 🍸 #RIP村上龍 🕊️
— オーミン (@ohming_jp) October 23, 2026
故・村上龍さんの思い出について記しておきます。
村上さんには「ひきこもり」をテーマにした『共生虫』(講談社,2000)という小説がある。第36回谷崎潤一郎賞受賞作品だが、正直傑作とは言い難い。
ただ、本作の連載は1998年に開始されている。まだひきこもりという言葉がほとんど知られていない時期であり、恐るべき先見の明ではあった。
この小説を批判した拙文の冒頭(今は無き「PSIKO」掲載)。「村上龍の最新刊「共生虫」を読んだ。これは、きわめて恐ろしい作品である。何が恐ろしいと言って、『続発している少年犯罪の深層を予言』とか評価されそうな点が恐ろしい。時代の先端をフォローし続ける作家の感性、みたいな記事がすでに朝日新聞に載っていたりすることも恐ろしい。しかし最大の恐怖は、ひょっとしたらこの作品が、村上自身の手によって映画化されてしまうのではないか、ということだ。そうこうする間にも、佐賀では17歳のバスジャック事件が起こってしまった。ひきこもり・インターネット・殺人があつらえたように揃っている。村上龍、ちょっと時代を予言しすぎではないか」。
まだ怖いものがない39歳精神科医(わたくし)の手になるものすごく失礼な文章。つまり当時からこういう「芸風」だったわけです。
ところが村上龍さんは、拙文の批判を真に受けて、私に取材を申し込んでこられた。私は出来心で、取材場所にロフトプラスワンのイベント会場を指定し、会場に来た村上さんをイベントのゲストに巻き込んでしまった。たぶんあそこで登壇した中で最大級の著名人。事前告知はなかったので会場は騒然となった。村上さんはそんな扱いを受けた(確かノーギャラ)のに1時間も喋ってくれて感謝しかない。
取材の成果は『最後の家族』という小説になった。本作は村上さんがはじめて脚本を手がけたテレビ朝日の同名ドラマ(2001年放送)と同時進行のように書かれていた。「共生虫」は取材なしで想像力だけで書かれていたが、今回は徹底した取材と緻密な構成で「ひきこもり」が見事に描かれていた。とりわけ母親役の樋口可南子の演技が教材級に素晴らしかった。
急に失礼な絡み方をした私のような人間のいちゃもんにこれほど誠実な対応をされた作家だったことをここに記しておきます。あ、ちなみに私は「コインロッカー・ベイビーズ」以降では「テニスボーイの憂欝」が好きです。最高のバブルの肖像。福田和也も絶賛してたっけ。どうか安らかに。
— 斎藤環 @『いじめ後遺症』(岩波新書)8月24日 (@pentaxxx) October 23, 2026
作家になりたい全ての人へ
村上龍『13歳のハローワーク』より https://t.co/Y0sfVXXM7D
— 諸隈元シュタイン (@moroQma) December 20, 2019
風呂場の敷居の前に村上龍の「歌うクジラ」が144ページを開きながらそのままになっている。当然風呂場から出てくるとそれに水滴が酷く落ちるのを知っているんだけど、本を拾って、水を拭って、本棚に戻す、それすらできないまま、干乾びて凸凹になった144ページがずっと開かれている。
— 米津玄師 ハチ (@hachi_08) April 6, 2011
再読したすぎて、自宅の本棚を探し回って見つけてきました。
(以下引用)
「私は、この本が大嫌いである。村上龍本人が嫌いなんじゃないよ。こういう本に拍手を贈る読者を作り上げたこの本が嫌いなのである。いくつかある彼の素晴らしい小説までもを、田舎臭いイメージの中におとしめる最悪のエッセイ集だと私は思っている。こういう言い方を伏線にして、実は、最後に誉め言葉、(愛ゆえの忠告とか、なんとか)を最後に持って来ようなどという気は、まったくない。だって、この本は、そんな気を起こさせないくらいひどいからである。」
(『すべての男は消耗品である』村上龍著、角川文庫版「解説」山田詠美著より引用ここまで。いま奥付を見たら(初版平成二年十一月十日発行で)、平成十八年七月二十五日 四十七刷版であった。ひええー)というわけで、どこかで新刊があればよいのだけど難しいだろうから、古書店か図書館で見つけてぜひ解説の全文を読んでいただきたい。最初から最後まで、約束どおりまったく誉めていません。
そして、この本が書かれてから約40年たって、山田詠美のこの解説は、いまなお多くの読者の心を救うと思うし、村上龍のエッセイを読んで虚勢を張っていたあの頃の読者のプライドも、そっと手当てしてくれていると思う。
https://t.co/VOZbivXseM— たられば (@tarareba722) October 23, 2026
金原ひとみさんによる、村上龍さん追悼文、誌面を入手して改めて拝読しました。よかった。最終センテンスで文体が変わり、それまで自分と読者へ語りかけていたような文章が、そこから、もうこの世にいない作家へ捧げる敬虔な祈りのようでした。
「私が生きられる世界を作ってくれてありがとうございました。」は、あらゆる創作者へ宛てた、最も尊い部類の祝福だと思う。
https://t.co/Mi5n4nKzXr
https://t.co/DDUVTkmHwx— たられば (@tarareba722) October 27, 2026
訃報が伝えられてから数日しても、タイムラインには村上龍を追悼するポストがやむことはなく、続きました。
隣町の少し大きい本屋に行きました。
東野圭吾の追悼コーナーはあるのに、村上龍のコーナーはなく、検索機で探しても在庫もありません。
私はデビュー当時から村上龍を読んでいたのですが、その当時の女性の私の年齢で村上龍を読んでいる、というのは、世の中の流れの外側みたいなところがあって、「春樹?」と聞かれたこともありました。
私自身の立場も、当時の同世代とは違う場所にいたので、まあ、そんなもんかな、と思っていたのですが、こうして、年月がたって、龍さんの訃報があってこんなに読まれていたんだ(当たり前)と実感できて、なんだか少し嬉しくなってしまいました。
何が楽しかったんだろう?は、うまく言えないんだけど、『イビサ』という小説のラストもそうで、グロいしエロくて美しいわけじゃなくて、でも、そうなっても、とにかく生きる、存在する、というエネルギーなのかなと、今は思います。
おそらく周囲からみたら「え?アンタが?」なんだろうけど、女だから、とすでに生まれたときに抑圧され、つねに居場所から追い立てられ、異端という道の端っこに追いやられてきたからかもしれません。
(でも、今はその異端だからこそ、楽しいんじゃん!と思うんですけど)
そしてやっぱり、その世間をみると、追悼コーナーはない。そうか、そんなもんだよね、やっぱり。
その本屋さんの文庫の棚の「村上龍」を見ると、3冊分の空白。
Xという空間だけではなく、こうしてリアルに龍さんを追悼するのは私だけではなく、他の誰かもいるんだと思いました。
新刊を待つ作家と、ないことが寂しい人物。
龍さんの不在は、棚の空白のようだな。
そして、私のタイムラインだからなんだけど、龍さんの好きな一文と批判と追悼がいまも止まずに流れていくので私も、龍さんのフレーズを思い出します。
「良いワインは3日たって、わかる」は、おそらく『すべての男は消耗品である』のどこかにあって、本当に良いモノって尖った何かはなく、むしろ、当たり前なんだけど、あとで「あれは良かった」と時間がたってから、すごくわかるんだよな、は一流のものやサービスに触れたときに思い出しました。
「板チョコを食べたことのない北朝鮮の兵にはただの茶色い板」は、おそらく『半島を出よ』にあった一文で、いまも時々、たとえに使っています。さすがに「北朝鮮の兵」は言わないけど。
なんだか食べ物ばかりなんだけど、実際の文章はどうなんだろう?と、数日のバタバタが落ち着いた今朝、自分の本棚を探しました。
でも、引越を重ねた時に手放したらしく龍さんの本が1冊もありませんでした。
あんなに読んで、あんなにあったのに。
最初から最後までつきあったエッセイは『すべての男は消耗品である』
その『すべての男』に村上龍さん自身も入っていたのは、ちょっと笑ってかなしくなって。
申し訳なくて、ごめんなさい。
私の村上龍の1冊を考えながら、もう一度、本屋さんに行こうと思います。
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