占いの館を舞台にした小説、というか短編集を書きました。
AIに手伝ってもらったので、文体がなんだか、そんな感じになっています。
目次と、そのなかの一篇を、ご覧ください。残りの星座、サイン、全編については、うすい本に仕立てました。イベントか、BOOTH(ブース)の「辰巳の辻占ショップ」でお求めください。また、noteでもこちら以外のものについては、有料公開予定です。
ご都合にあわせてどうぞ。
直近のイベントは、フォーチュンカードマーケットです。
フォーチュンカードマーケットについてはこちらの記事で → https://divinus-jp.com/archives/92943
BOOTHとフォーチュンカードでの価格は違います。
順次、在庫をいれていきますので、お知らせメールを設定してお待ちください。
辰巳の辻占ショップ https://tathumi.booth.pm/
獅子座の忘れ物
ネオンが灯り始めた頃、雑居ビルの4階にある私の占いの館は、街の喧騒とは違う、穏やかな時間が流れている。
ガラス張りの窓から見えるのは、色とりどりの光の粒と、その中を忙しなく行き交う人々の群れ。そんな景色を背に、私はいつものように椅子に座っていた。
予約の時間ぴったりに彼女が姿を見せた。ショートヘアに、細いフレームのメガネ。今日は休日だからか、メイクも薄めで、Tシャツとデニムというラフなスタイルだ。初めて会った頃の、どこか張り詰めたような真面目な雰囲気は影を潜め、少しだけ柔らかくなったように見える。
「お久しぶりです」
私は立ち上がり、笑顔で迎える。彼女も少し微笑みながら「こんにちは」と返してくれた。
前回会ったのは、彼女が仕事で悩んでいた頃で、冬の足音が聞こえ始めた2024年。冥王星が水瓶座に完全に移動する前、山羊座に冥王星があった時期だ。
「お仕事、どうですか?」
問いかけると、彼女は一瞬の間をおいてから、弾むような声で答えた。
「いまのところ、順調です。ありがとうございました」
彼女は、元々とても優秀な女性だった。ホロスコープを見れば、その優秀さ、実直さがよくわかる。MC天頂は山羊座でそこに海王星があり、組織で出世することに夢を見ていた。
6ハウスの乙女座に月は、与えられた仕事を完璧にこなすことを示しており、実際、いわゆる「シゴデキ」の女性だった。特に牡牛座に天王星が運行していた時期は、その実力が認められ、年俸もかなり高かったと話していた。
だが、彼女の太陽は獅子座。日本の組織の中では、出る杭は打たれる。ましてや、女性となればなおさらだ。天頂を通過していった山羊座の冥王星は、組織からのプレッシャーという形で彼女に立ちはだかり、出世という夢を蝕んでいった。
自分の生き方に自信をなくし、獅子座の太陽が輝きを失っていくのを、私は見ていた。
その頃、セカンダリープログレッションの進行の月が11ハウスに入ってきた彼女に、私はそっと伝えた。「そろそろ、『この次』を考えてもいいかもしれません。働き方を少し変えてみてもいい時期ですよ」と。
その言葉を、彼女は素直に受け入れてくれたようだった。
「今は、新しい職場でそれなりにやってます」
明るく話す彼女の姿に、私は安堵する。
「でも、今日は仕事じゃないんです」
そう言って笑う彼女の声は、以前のような張りつめた鋭さはなく、少しだけ力が抜けている。仕事一筋だった彼女が、初めてプライベートの話を切り出してきた。
「ホッとしたのか、やっと自分のことを考えるようになって、恋愛ってしてないな、最近、って思うようになりました」
そういえば、何度かセッションに来てくれているが、仕事以外の相談は一度もなかった。いつも、スーツの肩にそった形で緊張感が感じられた。
現代の占いは、占い師とクライアントが共に時間と空間を共有し、心の内側へと深く潜っていく共同作業だ。だから私は「お客様」ではなく「クライアント」と呼び、「鑑定」ではなく「セッション」と呼ぶことが多い。
何年も経た彼女との関係は、もはやお客様、クライアントと占い師いうより、大きな試練を一緒に乗り越えてきたバディのようなものだ。
彼女は、獅子座に太陽があり、月は乙女座で、天頂は山羊座。見た目はやや「地味」かもしれないが、その内側には、圧倒的な努力と情熱を秘めている。そのギャップも、彼女の魅力だ。
内側からあふれてくる溌剌とした雰囲気は、決して「恋愛に縁が無い」という感じではない。
時間に余裕ができたからか、マッチングアプリも始めたらしい。
「会ったりもしてるんですけど・・・」
と、彼女は言葉を濁す。
彼女のホロスコープを見ると、太陽、月、金星が土星とアスペクトしていて、ふわふわした恋愛とは無縁であることがわかる。
アスペクトとは星、天体同士の関係性の有無だ。空の上でどのような角度で位置しているかによってその「関係」が上手くいってるのか、そうでないのかがわかる。
私は、彼女の心を代弁するように語りかける。
「恋愛にも、きちんとしたイメージがありますね。真面目で、責任感が強く、安定した関係を築くことが大切だって、そう思っている。若い頃は、それがかえって恋愛を難しく感じさせていたかもしれないけれど、もう大人になったし、お仕事も変わって、心に余裕ができてきた。…なので、これから、楽しみましょう。そして、きちんとした相手と向き合って、かけがえのないパートナーを探しましょう」
私の言葉に、彼女は少しだけ俯く。
「そうなんです。マッチングアプリで会った人と話しても楽しいんですけど、この人と話してて、結果が出せるのかな、無駄じゃないのかなって思っちゃうんです」
私は思わず笑ってしまった。
「仕事じゃないんだから」
そう言うと、彼女もつられて笑い、鼻に小さなシワが寄った。その様子が、可愛らしかった。
占星術でも提案できることはあったが、私はタロットで彼女の心の声を聞くことにした。
店内に漂う、気がつくかどうかくらいの穏やかなアロマ。静かなジャズのピアノの音色と、タロットカードをシャッフルする音が静かに混じり合う。
シャッフルし、テーブルに広げたカード。
彼女の現状を示すカードは「ペンタクル8」の正位置。
真面目でコツコツと努力を重ねる、職人のようなカードだ。
環境のカードは「ペンタクルナイト」の正位置。
じっくりと時間をかけて、物事を進める人物像を表す。
そして、二人の間のカードは「戦車」の正位置のカードがあった。
戦車は、目標に向かって、まっすぐに進もうとする意思の強さを示すカードだ。
「真面目にお付き合いしたい、ということだと思うのだけど、お仕事じゃないのに、どうしても、ゆるむことが難しいみたい。そんなあなたに対して、きちんと手順を踏んでお付き合いしたいと思っている方がいると思います。ただ、お互いが真面目だから、少し時間がかかるかもしれない。でも、ゴールが共有できれば、とても良いパートナーになれるんじゃないかしら」
私の言葉に、彼女はまた少し笑った。
「いい人だとは思うんですけど、恋愛って、もっと夢中になれるもんじゃないかと思って」
彼女の獅子座の太陽は、5ハウスにある。
5ハウスは、恋愛や自己表現、喜びや創造性を司るハウスだ。本来なら、恋愛を通して人生を謳歌し、自分らしく輝くはずなのだ。
しかし、その輝きは、いつしか山羊座の冥王星に要求された「結果」や「効率」という名の霧に覆われ、「ドキドキ」する気持ちを、どこかに置き忘れてきてしまったのかもしれない。
彼女の金星は4ハウスの蟹座。
仕事で完璧を求める姿とは対照的に、恋愛では、お互いの家族と仲良くなったり、お家デートをしたり、日常の中に幸せを見出すことを望んでいる。だが、その心は「蟹の殻」に固く閉ざされていて、なかなか心を開けないでいる。
そう伝えると、彼女はぽつりと呟いた。
「恋愛の仕方を忘れちゃったのかな」
無理もない。ずっと仕事に情熱を燃やし、心に余裕がなかったのだから。
「じゃあ、まず、それを思い出しましょう。…高校とか大学は、どのあたりに通っていました?」
私が問いかけると、彼女の表情が少し明るくなった。
「住んでいたのは豪徳寺だったけど、大学は表参道にありました。楽しかったな」
占星術における惑星の年齢域とは、人生の各時期を特定の惑星が支配し、その惑星が象徴するテーマや課題に直面しやすいという考え方だ。
金星の年齢域は15歳から25歳くらい。
高校から大学卒業、卒後3年くらいまでが金星期にあたる。
つまり、この時期の思い出の場所に足を運んだり、その頃に聴いていた音楽を聴いたりすることで、金星のスイッチを入れることができる、と私は考えた。
「じゃあ、まず、愛する気持ちにスイッチを入れるために、ちょっとしたワークをしましょう。大学のあった表参道に行って、お買い物をして、スイーツを楽しみましょう。そのときに大事なのは、仕事に役立つものを買わないこと。純粋に楽しむ『無駄遣い』をしてきてください」
私の提案に、彼女は思わず吹き出した。
「うふふ、仕事のものを買いそう」
彼女は笑うと、鼻にシワが寄るのが愛らしい。私は「戦車」のタロットカードを示して、もう一度、念を押す。
「これは蟹座のカードなの。あなたの恋愛スイッチのある金星の蟹座です。今、大切なのは、ご自身の金星、愛する気持ちです。あながの、蟹座の金星にスイッチを入れること。そうすれば、きっと素敵な出会いが待っていますよ」
「わかったわ」
そう言って、彼女は立ち上がった。
仕事で光を失っていた最初のセッションに来たときの、真面目だけどどこかせっぱ詰まった表情はもうない。今日の彼女は、まるで制服を脱ぎ捨てた高校生のようだ。
「また来ますね」
そう言って、彼女はドアを開けて出て行った。白いTシャツがほのかに光を集めるように見えた。
彼女は再び、自分らしく輝き始めるだろう。その時に、彼女がどんな笑顔を見せてくれるのか、ネオンが輝く街の片隅で、私は待っていよう。楽しみだ。