2018年の冬至以来の諏訪大社です。
「ああ、諏訪に行きたいな」という思いが時々、やってくるのですがやっと詣りました。
今回は、久しぶりなので諏訪大社の4つのお宮には巡拝したいと思います。
諏訪大社は4つのお宮の総称なのですが、その4つのなかでも諏訪湖をはさんで、上社の2社と、下社の2社に分けることができます。
こちらの手長神社は、諏訪神社上社の末社とされていますが、ご祭神は手名椎神(てなづちのかみ)
「誰、それ」な神さまです。
諏訪湖の東側は、遺跡や古墳などがあって旧石器時代遺跡がたくさんあります。このお宮の後ろの茶臼山も黒曜石の石器などが見つかっているので、古くからヒトが住んでいた場所で、祈りも捧げられていたんだろうなと思います。
なんとなーく東と西の遺跡、寺社の並びをみていると、諏訪湖がもっと大きかったことがわかります。
旧甲州街道を横切って、急な坂を登ってきて中学校の前。(君たち、毎日、ここ上がってくるの?すごいな)

この水、どこに流れていくんだろう、とちょっと気になる造り。
創建は古く、よくわかっていないとのこと。
諏訪大社の摂末社との位置づけなのですが、もっと地元の感じもします。
この左右の回廊のせいなのかもしれませんが、この立派な龍のせいか、諏訪湖を望める山の中腹にあり、なんとなく龍っぽい、水っぽい感じがするのです。

諏訪の大工棟梁立川和四郎冨棟の手によるもの、とご由緒書にありました。立派な龍です。
立川和四郎冨棟の名は、別のところでも見ました。
御頭御社宮司社でも拝見しました。
ご祭神の手名椎神(てなづちのかみ)は、奇稲田姫のお母さん。
あのヤマタノオロチにでてくるご夫妻です。
出雲国肥河の川上の夫婦神で、夫は足名椎、妻は手名椎といい、八人の娘をもっていたが、 八俣大蛇に、年に一人ずつ人身御供に求められ、すでに七人の娘を奪われていた。最後に一人残った奇稲田姫(櫛名田比売命)もやがて捧げねばならず、泣いているところを、 高天原を追われて出雲へ降った須佐之男神に助けられた、のご夫妻です。
お子を、手なで足なでして養育されたのがお名前の由来、とも読みました。
ちなみに足長神社も諏訪にあります。
(この回廊の先、ナニがあるんだろう、と思って行ったのですが特になにもなかったです)
拝殿の前にも手水があって良い感じだったので動画で。
明治以前は、大祝の神楽役(祭祀の補佐役)として、茅野外記太夫により祭祀が行なわれていました。なかでも古式祭八朔相撲は手長の辻といわれ、諏訪上社の十五夜相撲、田沢稲荷の二百十日相撲とともに諏訪の三辻に数えられ、遠方より力士が集まり、江戸時代には藩士の桟敷が設けられるなどして賑わっ たと伝えられています、と読みました。
明治以前の諏訪の力を思います。
拝殿に向かって右側には摂末社があるので、お詣りします。
旧本殿ってなんだろう、と思ったのですが、おそらく以前、本殿として使われていたお宮を地域の神さまを合祀してこちらに遷されたということかな?
この龍神さまに祝詞をあげてお詣りしていたら、雨が降ってきました。
お名前は、わからないのですが、こちらのお宮にもお詣りいたします。

もれなく柱が建っているのは諏訪っぽい。
手長神社 https://www.lcv.ne.jp/~tenaga/index.html
こちらのサイトでは古地図もあって、すごく楽しいです。
八ヶ岳原人 → https://yatsu-genjin.jp/suwataisya/index.htm
諏訪大社 https://suwataisha.or.jp/
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