松陰神社は以前、来た時
実は、その時はまじめで暗いなあと思っていました。
でも、世田谷なら、ここは来ておかないとね。
入り口・・・学校の門、っぽいですね。
この右側の石の門の後ろに鉄の門扉があり、学校みたいです。
さすが松陰さん。
この方ですね。厳格なお姿です。
以前に感じた「なんとなく暗い」感じは
この下の写真の鳥居の奥にある、お墓もあるせいかもしれません。
この鳥居の奥に松陰さんやゆかりの方々のお墓があります。
幕末に活躍されて、多くは無念の死を遂げた方々。
その他に、一般の方のお墓もこの鳥居の奥にあります。
お参りしました。
松陰さんの生涯を思うと、
その死は明治になって、慰撫(イブ)されるのは理解できますし、
このゆかりの地で祀られているのも、わかります。
初代の内閣総理大臣の伊藤博文さんが、
この神社への改葬に関わっていて
お墓に鳥居を設けて、神社にするという扱いから
かなり、丁重に扱っていることが、わかります。
また、幕末の安政の大獄から、まだ100年やそこらくらいでは
その記憶もなまなましいのは、あたりまえでしょう。
しかも、旧暦のお盆近くじゃないか・・・。
でも、境内は、すっきり掃き清められており、
この暑さ対策に日かげにミストを用意してくれていました。
うれしいです。
きちっとしたヒトの気配は、松蔭さんのような気がします。
参道からみると、拝殿の奥から気配があります。
こちらを、見ていらっしゃいますね。
すべて見透かされているようです。
この松陰神社の隣りには、若林公園があります。
松陰神社は、もともと、長州藩毛利家別邸の跡地だったらしいので、
若林公園も、その一部だったのでしょう。
大きな木があってよいところです。
そして、このすぐご近所には、
吉田松陰さんを、安政の大獄で投獄した
井伊直弼さんのお墓がある、豪徳寺があります。
とても因縁を感じる、神社とお寺ですが、
因縁めいた暗い雰囲気はありません。
井伊直弼自身も、桜田門外の変で暗殺されていますし、
この神社の結界が、しっかりしてるんでしょうね。
あとは、豪徳寺は舌状台地にたっていて
古くからの聖地じゃないでしょうか。
明治になる前、南北朝の世田谷城、
さらにその前からの古墳。
古い時代の土地の霊性が、
多少のガタつきくらいは、問題ないくらい
しっかりあります。
そういった、土地のチカラも、大きいと思います。