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牧野記念庭園

牧野富太郎先生は、「日本の植物学の父」と呼ばれる方です。牧野富太郎先生の作られた図鑑もありますし、植物の学名にしょっちゅう登場される有名な先生です。

でも、先生個人、どういった方だったのか知らなかったのですが、先日、録画していた番組でちょっとふれることができました。こちらのブログ 【井上あさひ】牧野富太郎 夢の植物図鑑 をご紹介します。

その番組で知ったことは、高知の裕福な造酒屋と商家をされていた裕福な家にお生まれになったこと。
それから、小学校を中途まででて、いきなり東京大学の理学部に「出入り」するようになったこと。
金銭感覚は、まったくなかったらしいこと。
(だから当然)結婚しても、生活も大変だったけれど、日本全国をまわって植物を採集されつづけたこと。
東京大学から、助手、のちに講師としての給料をもらっていたが、生涯、教授ではなかったこと。
65才で、理学博士の博士号をお受けになったこと。
退官して78才で、牧野植物図鑑を発行されていること。

スゴ!なんて、おもしろい先生なの?
学名にたくさん名前がでてくるというのは、エラい先生だし、当然、名誉くらいついている教授だったろう、と思っていたのが、イメージがまったく違いました。

あまりに感動したので、ソッコー、牧野記念庭園へ(笑

練馬の牧野記念庭園は、牧野先生が関東大震災を契機に、もっている書籍と標本が焼けないように、引っ越してきた「借家」あとに建てられています。借家ですよ、あの植物学の父が。

入口。

まつぼっくりが迎えてくれました。

展示室。

牧野先生が使われた採集道具。

先生は、多くの植物に名前をつけました。
名付け、というのは、この世界の混沌から区別し、他のナニモノでもなくあなただ、という事を祝福するお祝いの言葉だと思うのです。
多くの祝福をこの世界に、植物に、捧げたのが牧野富太郎先生だと思うのです。

牧野先生の植物絵も美しいのです。ひとつひとつを、愛おしむ気持ちがわかります。
そして、これはハンコ。おしゃれ。

展示室の外にあった先生の言葉「花 在ればこそ 吾れも在り」

植物方言録

真ん中のあたりに「シビトバナ 武州橘樹郡稲田村(マンジュシャゲ)」とあります。
今の宿河原や登戸のあたりだそうです。

書屋展示室。
あれ?誰かいる?

牧野富太郎先生でした。一緒に記念写真が撮れます。

この地にあった先生の書斎と書庫が再現されています。

お庭には、先生が命名された植物がいくつもありました。

このときは、リョクガクバイ(緑萼梅)が咲いていました。こちらも牧野先生の命名。

余計なお世話なのですが、牧野先生のホロスコープ。

太陽が双子座。月は魚座。柔軟宮強し。
魚座の月が地面を味わって感じて、とにかく何でも集めて発見する双子座の太陽、水星、天王星。
それを分析し名前をつけ、系統だった場所をあたえる乙女座の木星、土星。

そしてスゴイなあと思うのは、退官したあとの65才くらいで進行の新月。
この年齢で、これから何をスタートするのか、と思うのですが、そこから集められた標本を整理し、印刷技術を習得し、牧野植物図鑑を発行されること。
いくつになっても、新しいスタートはある。

これは書庫展示室にあった先生の言葉。「学問は、底の知れざる技芸なり」

世界を味わいつくし、標本を集めて、分類し、命名し居場所を与えるというのは、とほうもない芸術なのだと思います。

今は、牧野先生のご自宅はないのですが、このお庭を歩いている先生の姿を感じるような暖かい場所でした。

チャートは、MyAstroChart さんで作りました。

牧野記念庭園
高知県立牧野植物館

ハーバリウムというと、今はお花が瓶にはいっているもの、と思われますが、もとは植物標本のこと。
牧野先生が集められた標本は、首都大学東京で残されています。
首都大学東京 牧野標本館

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