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教えて、お坊さん!「さとり」ってなんですか

「さとり」でなくても、いいんです。
ワンネスでも、ノン・デュアリティでもいいし、最近は、マインドフルネスも流行っているし、なんだったら覚醒しちゃってもいい。
それを、神さま、仏さま、ことによるとお坊さんが知ってるなら教えて欲しい。

その気持ち、境地に達したら、さぞかし生きるのが、ラクになるだろうと思う時って、必ずあります。

著者の小出さんにとっては、
「「さとり」を知ることは、ほんとうの意味で「いのち」を生きることに、そのまま結びついている!」
と確信され、それを、6人のお坊さんに教えてもらおうというインタビュー集。
以前、インターネット寺院の彼岸寺での連載していた「ひらけ!さとり!」の書籍化。
(いまは、サイトには掲載されていないようです)

そして、登場されるお坊さんからでてくる言葉は、仏典の言葉だけはないのです。
想像では「お釈迦さまが、ナニナニというお経で、こんなことをおっしゃっています」なんて、法事のあとのお話のようなものかと思っていたら、違う、違う。
分断の夢、いまが無限、本質的にはひとつ・・・これって、スピリチュアルなブログでよく書かれていることじゃないですか。
答えはここにあったのですか、と思います。

でも、6人のお坊さんの「さとり」については、まあ、はっきり申し上げて、バラバラ。

藤田一照さんは「油断すると、さとっちゃうよ」といい、
横田南嶺さんは「この世の中では、なにもさとるものがないと気がつくことこそがさとりである」
小池龍之介さんは、(さとりを)「ひらけ!と思っているうちは、永久にひらけないでしょうねえ」
堀澤祖門さんは「「さとり」なんかどこにもなかったんだな。このままで仏なんだっていうことよ」
釈徹宗さんは「道を歩む前にさとりを把握しようとしてもうまくいかない」
大峯顕さんは、「自分の内蔵は自分の意思で動いていないことがほんとうにわかった。そのことが「さとり」ですよ」

このお坊さんは、あっちだと言われ、次の方は、こっちだと言う。
どっちだよ?の連続。
この振れ幅の大きさ、しかも千年以上も続いているのは、日本の仏教のすごさです。

そして、その通底するものは、ほんわりとですが、伝わってくるような、こないような。
私は、「さとり」からは、遠いようですが、すぐ目の前にあるような気もします。

教えて、お坊さん!「さとり」ってなんですか

インターネット寺院 彼岸寺 
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