若狭の国は、今の福井県の南側。
わりと小さな地域ですが、奈良・ヤマト王権あるいは都のあった京都、奈良からみて、日本海への出入り口となる大事な土地だと思います。
今回、この福井、京都に来てみて実感したのは、ここから琵琶湖をそっていくとすぐ、名古屋、あるいは京都は思ったより近いことです。
また、この地が東大寺の荘園であったので、東大寺のお祭りの「お水取り」がなされ、この小浜の地から送ったお水が10日かけて奈良東大寺二月堂の若狭井に届く、と言われています。
こちらを上社。近くにある若狭姫神社を下社、として両社で若狭の国の一の宮とされています。
写真では明るくなっていますが、実際は暗いです。
この二本の杉が鳥居になっているようです。
無人の神社ですが、時々、こうした看板があって説明をいただきます。
岩の間にこの竹があって、そこから水がでています。
ここで、お祓いをしてから参拝します。
神門、本殿との間の、この場所には拝殿があったそうです。
神さましか、おられないという厳かな雰囲気。
周囲の木々に音が吸い込まれていくような場所です。そっとこの雰囲気をこわさないように参拝いたします。
ご祭神は、若狭彦大神(彦火火出見尊ともされています)
彦火々出見尊(ひこほほでみのみこと)は、火折尊(ほのおりのみこと)とも称されておられます。
高天原から降臨された天孫の邇邇芸命(ににぎのみこと)と木花之佐久夜毘売命(このはなさくやひめのみこと)の御子神さまの一柱。
神話の「海幸彦山幸彦」の山幸彦さまです。御子神さまは3柱(3人)おられたとされています。
古事記では、お兄さんが「海幸彦」が、火照命(ほでりのみこと)とされます。
また、御子神さまは、もう、ひと柱おられて、火須勢理命(ほすせりのみこと)とされています。
火須勢理命は、古事記ではお名前のみが登場されます。(日本書記などでは、いくつかのバージョンがあるようです)
いずれにしても、こちらのご祭神は彦火々出見尊(ひこほほでみのみこと)であり、山幸彦。
というより、私はむしろ若狭彦大神の方が似つかわしいような気がします。
この地におわす神様であるなら、むしろ遠敷明神とお呼び申し上げたい。
遠敷(おにゅう)はお丹生(にう)だと思われます。「お」は御(おん)か美称としての「お」
そして、丹(に)は水銀なので、古代の産地であったろうし、これを採掘する民の神様なのだと思います。
いまは静かにおられる神様ですが、この地が水銀の鉱脈の上にあり、また朝鮮半島との交流もあったろう時も、お守りいただいた神様だったと思います。
そして、近くには原子力発電所があります。
古代から丹を求め、交易をし、エネルギーを求める私たちをどう、見ておられるのでしょうか。
ずっと、ここにいたい(笑 けれど、そうもいかないので、お別れを申し上げます。
随神門に電気がついています。暗いのです。
水銀、丹は「みずはがね」とも言います。
ここで採れた丹、鉱物が、東大寺の大仏様を造り、それが春を呼ぶお水送り、お水取りに象徴されているのでしょうか。
海幸と山幸 青森県神社庁のサイト →
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/shinwa/sub_40-8.html
若狭彦神社 福井県神社庁のサイト https://www.jinja-fukui.jp/detail/index.php?ID=20151027_171130