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鷺宮 咲前神社 (さぎのみや さきさきじんじゃ)

一之宮の前の宮、先(さき)の宮、というのがお名前の由来らしいです。
群馬は、古代の豪族と渡来人の記憶が、古墳などで残っている土地で、ここもそういった土地のひとつ。
古代に、武蔵と都を結ぶ東山道が通っており、江戸時代の中仙道の宿場でもある板鼻宿(いたはなじゅく)が近くにあります。

東国と都を結ぶ場所。

ここは、物部姓を賜(たま)った磯部(いそべ)氏の氏神とありました。
磯部というのは、近くのJRの駅名もあり、このあたりの地名にもなっている、この地方の豪族だったようです。
物部氏は、仏教をめぐる対立で、蘇我氏と対立した勢力。

さらに、この神社の始まりは、ヤマトの神、経津主大神(ふつぬしのおおかみ)が、そのあと、諏訪大社に鎮座されることになる健御名方神(たけみなかたのかみ)を追って、群馬と長野の県境に出向く時の陣の跡、とか。

このあたり、古墳が多いので、ここも古墳かなと思うくらいの高さなのですが、違うようです。
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境内に入ると、なぜか会議用の机を前にした、地元のおじさん二人組みが座っています。
写真右端です。
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こんにちは
「あ、ご苦労さまです」「お疲れさまです」
この地方のイントネーションで言われました。
いえいえ、好きでやってきただけですから。

ご挨拶します。
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扁額は、鷺宮大明神。ご祭神の総体、としてのお名前でしょうか、
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フツヌシといっても、なんか古くて、穏やかな感じがするなあ。
香取神宮のようなコワさもないし。地元になじんだ武神なのかな。
むしろ、女性っぽい。

本殿。彩色はありませんが、かえって彫りの美しさが引き立つようです。
神楽殿もりっぱなもので、お祭りは、楽しいだろうなあ。
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1月14日に行われる御筒粥神事の結果が、お賽銭箱のところにありました。
どんな作物をつくっているのか、わかって楽しいです。
「わせ」「いも」「だいこん」「くは」「な」・・・どの作物もまあまあ、って感じだったようです。
今年は、大きな台風もあったし、どうかな?

ご祭神は、健経津主命(たけふつぬしのみこと)。
武神といえば、鹿島神宮の武甕槌命(たけみかづちのみこと)ですが、でも、ここは、武甕槌命がいないのが、おもしろい。

武甕槌命は、中臣氏(のちの藤原氏)の神さま。
各地の、特に、春日神社系の神社では、中臣氏の台頭とともに、フツヌシノミコトと同じ神とされることもありました。

その結果、武甕槌命が筆頭の神さまとなって、フツヌシノミコト単独でご祭神になっているところは少ないようですが、
ここでは、物部氏の神さまの武神のフツヌシノミコトだけが、残っていらっしゃいます。

一之宮の先宮(さきみや)といえば、諏訪大社で思い出したのだけど、諏訪大社の上社(かみしゃ)の前宮(まえみや)も、プリミティブな感じだったなあ。

帰ってから、公式ページをみたら、三柱の雷斧(らいふ)石と抜鉾(ぬきほこ)大神を祀るともありました。
石の柱、古い。雷の石の柱。生命を生む雷。生命を生むミシャクジの神さま、かな。

抜鉾について調べたら、
神道集 第三十六 上野国一宮事という所に、好美女というインドの王様の姫が安閑天皇の御世に、船で我が国に逃れてきた。
この方は、もともと敵に攻め込まれて、降魔の鉾を立てていたところを、その地も、敵の知行地であるといわれて、鉾を抜いて、笹岡郡(長野県佐久郡)の笹岡山(荒船山)に来た。
そして、船を山頂に伏せて、周囲に鉾を逆さに立てて住み、火の雨が降るのを防ぐと誓ったという。

という事も書いてあったのですが、インドですか。
渡来人、どこまで広がるのか。

でも、鉾とフツヌシ、物部氏といったら剣。
このあたりは、鉱泉が沸いていて、鉛や金属の鉱脈があるので、剣が御神体でもおかしくないか。
いまも、金属関連の大きな工場があります。
工場萌え、工場ウォッチャーの方は、ぜひ、そちらも。

美女で、勇ましい剣の神さま、という事だけど、行って感じるのは、穏やかなパワー。
剣のイメージは、あまりありません。
一之宮が遷ったときに、そっちに行かれたのか。

いずれにしても、古い。
新幹線や高速道路で東京から1時間程度の所なのに、よく残っているなあ、と思います。

拝殿の前のゆるキャラ。
安中市のこうめちゃん。ウェルカムされました。
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ありがとうございました。「ああ、ご苦労さんです」「ご苦労さんでした」
おじさんたち、ずっと、しゃべっていました。

鷺宮 咲前神社

諏訪大社 上社前宮
工場萌えの方は、こちらを。東邦亜鉛株式会社 安中精錬所
こうめちゃんのお部屋
抜鉾明神については、玄松子さんの 荒船神社のページ が詳しかったです。
玄松子さんは、
「貫前明神と抜鉾明神は本来は別の神。「抜鉾」が男神・経津主神、「貫前」が女神」
とされています。
それも、わかるなあ。