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新倉浅間神社 塩釜神社 供養塔

境内から、ミシュラン・グリーン・ガイド(2015年)の表紙の場所を探して、階段を上ります。

手前に珍しい方が、おられました。塩釜神社。
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最初におられたのは、こちらじゃないかな。
そこに、富士山のご祭神を持ってきたような感じ。

公式サイトには、瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)もご祭神に入っています。塩釜神社のご祭神は書いていなかったのですが、シオツチノオジとしたら、ニニギノミコトと関係のある方です。
シオツチノオジは、天孫降臨の際、ニニギノミコトに国を譲ったとも、言われています。
また、シオツチノオジは、武甕槌神と経津主神を先導し、諸国を平定したとされています。

塩釜神社の神様は、潮目を読み、航海航海の案内をする神様で、製塩技術をもった神様。また、海の満ち引きと出産の関係は昔から知られてしたことから、出産・子育ての神様ともいわれています。
なので、境内に子育て神木があるのは、木花咲耶姫とともに塩釜神社のあるためでしょうか。

その先には、愛宕神社。
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ここは山なので、愛宕神社があるのはわかります。

そして、駐車場のあるところに、この赤い塔。多くのサイトでは「赤い塔」としか書いてなかったのですが、忠霊塔でした。
「塔」というのは、仏教の仏舎利(ぶっしゃり=ブッダの骨)を納めた塔が元になっているので、神社にはあまり、ない建築物です。
では、近くのお寺の建物か、といったら、そうでもないと思います。
近くに寺はあるのですが、お寺の境内とひと続きの場所とも思えず、なぜ神社に塔があるのか、ちょっと不思議な感じがします。
しかも、1963年に建てられたそうです。神社の歴史から比べると、ずいぶんと、最近だ。
神社と関係がない、たまたま隣接した公園にある塔なのかもしれませんが、その道には神社の灯もありましたので、全く関係がないともいえないと思います。
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あるいは、祖霊が山に帰るという事から、祖霊を祀る場所だったところに、この塔を建てた、とは考えすぎでしょうか。

ご挨拶します。
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あれ、スカっとしています。とってつけた感じさえします。
実は、私、こういった戦争の慰霊塔や碑が苦手です。平和を祈念しているのだと思うのですが、戦没者の霊への顕彰・慰霊・追悼も当然、あるわけです。
それに、第二次大戦のものだと、まだ生きている方の意識もあるので、生々しくて、神社のなかでも、近づけない時もあります。
でも、ここ、確かにお花も飾られていて、お線香も立ててあった気配もあるのですが、中身が「ナイ」ようなのです。
戦後しばらくしてから建てられたせいか、どなたかが、ここから移していかれたのか、あがっていかれたのか、わからないのですが、全く重い感じがしません。
ここまでスカッとしていると、むしろこのカタチに入り込むモノもありそうですが、そこは、お参りされている方もいそうなので、入り込まないのかもしれません。

海外のメディアで紹介された写真が、戦争の記憶と平和を祈念する塔だと知らない方が、大半でしょうけど、ここまでスカッとしていれば、重い感じもしないのかもね。

本殿にもどりました。
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海外のメディア映えする絵もあるし、冨士山のエネルギーもあるのですが、やはり、ここは温かい氏神様のおられる場所です。
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新倉浅間神社  富士吉田観光振興サービスのサイト

ミシュラン・グリーン・ガイド・ジャパン