式年造替という、神社の建て替えが終わったので、ぜひ、参拝したかったのです。
海外の方も多く、世界文化遺産になってから初めてだったので、人の多さに驚きました。
とても、よい感じです。
この根元から、柏が生えていますが、となりの建物(直会殿)の屋根をつきやぶっています。
春日大社には、そこにある木や土地に、極力、人間の手を入れないという考えがあるそうです。
この真ん中の庭は、リンゴの木があることから、リンゴの庭と呼ばれています。左側に写っています。
砂目がきちんとついていて、掃き清められています。禁足地です。
ここからは撮影禁止。ご挨拶します。
写真には、写っていませんが、周囲は、たくさんの参拝者がいます。
ちょっと、神さま、遠いなあ。
それでも、南門から参拝するより、拝観料をお納めして特別拝観した方が「近い」ので、ここでは特別拝観をおすすめします。
ご祭神は、武甕槌命(タケミカヅチノミコト)を鹿島神宮から、この右手にある御蓋山(ミカサヤマ)にお迎えしたことから始まったそうです。
日本書紀によると、武甕槌命と同じくご祭神である経津主命(ふつぬしのみこと)は、香取神宮の神さまです。
この日本を平定され、この春日大社にお迎えしたとあります。
また、枚岡(ひらおか)神社から、藤原氏の祖先の神さまである天児屋根命(あめのこやねのみこと)と奥様の比売御神(ひめみかみ)も、ご祭神となっています。
春日大社を氏神様とされる藤原氏(名前が変わる前は中臣氏)の勢力地域が、鹿島神宮、香取神宮のある茨城だったとも聞きました。
でも、鹿島神宮とか香取神宮の感じと共通するものは、あまりないように感じます。
雅な雰囲気、華やかなご社殿が強く印象に残り、武運、武器、戦いの神さまは、前にでてきません。
この人の多さのためでしょうか。
ここなら、ちょっとわかる。
本殿の後殿の第一殿と第二殿の間には、磐座があるそうです。
2015年に式年造替の前に、公開されていましたが、普段はもちろん非公開。
もともと、こちらには、神さまのおられる御蓋山への信仰、磐座のがあったのだと思います。
そこに、中臣氏の氏神様をお祭りして、あるいは、鹿島・香取の武神を持ってきたと言うことだと思うのです。(鹿島・香取の神さまがこちらにいらしたのは、なんか別の理由もありそうだけど、今は、ここまでです)
本殿の4棟と若宮は、本朱が使われているそうです。
春日大社の宮司さんがお書きになった本。
これ、読んでから、あるいは参拝のお供にされることを、おすすめします。