この高天は、古くの金剛山の名前に由来していると聞きましたが、ここは奈良の高天原(たかまがはら)だと思います。
天孫降臨(てんそんこうりん)の高天原は九州の地、という事になっていますが、ここも、天に近い場所です。
古い参道。かかっているのも、古いかたちの鳥居です。両側の木にしめ縄を渡した形。
高鴨神社もそうでしたが、それほど長くない参道が、とんでもなく遠くに見えます。
距離より、時間をさかのぼっていくようです。
白嶽峰のうしろは、金剛山、そのとなりが葛城山。
どちらも修験の山で、霊山です。
近くにあった地図でみると、こんな感じ。
普通、手水舎では、お水は飲まないのですが、なんとなく飲んでいいように思ったので、いただいてみたら、おいしかったです。
ここ、お水取りもできると思います。お水をいただいたら、それなりにお納めくださいね。
畑のまんなかにある、それほど大きくない神社なのですが、チラホラと参拝する方がいらっしゃいます。
こんにちは「こんにちは」
普通のご夫婦にみえる方や、家族連れに見えますが、ナチュラルに挨拶されます。
なんのくったくもなく、通じるものがあります。(ああ、この人たち「わかるんだ」)
単に観光に来ました、ではないようで、参拝していると、低く祝詞をあげている声がします。
ご挨拶します。
確かに背後の山のパワーを感じるのですが、それよりもっと手前、と思っていると、クルッと視点が入れ替わります。
ご社殿のすぐうえに、自分がいて屋根を見下ろしている高さに「天」があります。
神さまというより、この「天」の近さがすごい。
境内には、いくつかの摂社、末社もあるのですが、むしろこちらはあとから、いらっしゃった感じ。
天孫降臨の地、とされる場所ですが、天が近いのではなく、天からみて近い地、だと思います。
それほど広くない境内は、空間がギュッと収縮し、天地の距離が縮まるような濃密な力があります。
ご祭神である高御産巣日神(たかみむすびのかみ)を、祖神(そしん)とした大和朝廷に先行する豪族である、葛城(かつらぎ)族が、この地にいたそうです。
その葛城族でしょうか、土蜘蛛と呼ばれ、「まつろわぬ民」天皇に従わなかった者が、この塚に埋められたとされています。
拝殿の近くにあるのですが、そんな恨みをもった感じはしません。
むしろ、ここ、拝殿より現世利益がありそうな感じも。
拝殿は、現世より、ちょっとアチラ側に近い。
もれなく、記載してきました。
こちらには、社務所はありませんが、御朱印やお守りは高鴨神社でいただけます。
高鴨神社の記事は、こちら。