本殿にお参りをしたので境内をまわります。
拝殿のすぐ隣に参道に向かう方向に鎮座されています。
ご祭神は、宇都志日金拆命(うつしひかなさくのみこと)、阿曇磯良丸、阿曇神裔
宇都志日金拆命は穂高見命(ほだかみのみこと)の別名があります。また、宇都志日金拆命が開拓したので「拆(サク)」と称されるという長野県の佐久地方の語源とも。
長野県は安曇とか佐久とか、あるいは諏訪大明神の奥様の出身は阿曇族だとか、海なし県にも関わらず多くの足跡がのこっています。
神功皇后三韓出兵の際に、阿曇磯良丸(あづみのいそらまる)は、お舟を導いたとされています。
なので、拝殿のそばに控えるようなカタチでおられるのだと思います。
今宮神社では、山誉漁猟祭(やまほめかりすなどりのまつり)というお祭りがあるそうです。
神社裏の勝山、三笠山、衣笠山を祓い清めて「あ~ら、良い山繁った山」と褒め称え、通りかかる鹿に射止めます。
「志賀(しか)大明神のみちからをもって一匹たりとも逃しはせぬ」
最後は舟にのり鯛を釣りにいくと大漁となる、というお祭りです。
動画を見つけました。
志賀島 志賀海神社 山誉め祭 https://youtu.be/kZsv8hmljyc?si=BEU9goIM6p9Yv1z6 から
「すばらしい山」と誉めたあと、鹿を射ぬきます。
これも長野と安曇族を連想します。(諏訪、諏訪とうるさい、と思われるかもしれません)
諏訪大社のお祭りの御頭祭(おんとうさい)は、かつては鹿の頭が75頭なだんだという記録も残っていることを思い出しました。
ぎっちり、鹿の角が納められています。
そりゃあ「一匹たりとも逃しはせぬ」でしょうね。
諏訪大社にしてもこの今宮神社にしても、鹿をならべるんだろうか。
説明としては山を荒らす動物としての鹿とされています。
奈良においては神さまのお遣いとして大事にされながら、こちらでが「一匹たりとも逃しはせぬ」扱いの格差。
楼門前の街灯にも鹿。
志賀海(しかうみ)神社のある志賀島は、鹿が多いので鹿島とも称されたそうです。(神名の語源辞典)
鹿がたくさんいる海の神社、でしょうか。
神功皇后が三韓征伐の際に、この正面の対岸にある打昇浜に、無事凱旋できるように海の神様・阿曇磯良丸(あづみのいそらまる)を通じて祈願したところ、海から雄雌の黄金の亀に乗った志賀明神と勝馬明神が現れ、航路を守り導いたと伝えられています。
あのあたりかなあ、黄金の亀が現れたあたりは。
そのときに、表津宮から現在の地へご遷座された、とのことです。
地図にも表津宮跡があります。
ご祭神は少彦名命、大己貴命とありますが、別のところでは粟島明神ともありました。
病気平癒、特に婦人病のご利益があるそうです。婦人病というあたりと、ここはお社ではないところが粟島明神ではないかな。
烏帽子のような陽石はわかるのだけど、陰石はちょっとくぼみが平らになっていたようで、どれだろう?
延喜式には明神大社に列せられ、神仏習合の時は、金剛山吉祥寺と称されていたそうです。
元寇の役などのときは、末社375社、奉仕する者百数十人となったとあり、このあたりにも末社や塔頭があったんだろうなあ。
この先に禊場があります。
禊ぎ祓いのお宮であり参拝する方にも求められています。
公式サイトには「よりよくご参拝いただくために」とありますが
「身内に御不幸があられた方には服忌の期間は極力参拝をご遠慮ください。
また、しきたりにより、生理中の方、生後一〇〇日以内のお子様、妊娠中の方のご参拝も極力お控えいただいております。」とありました。
古くからの海を支配した民の阿曇族と、神功皇后の、気長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)の強さを思う、お宮です。