砥鹿神社の里宮にうかがいました。
ココ、お留守みたい。
ご祭神は、
誉田別命(ほんだわけのみこと)と、さらに、(応神天皇)
また、天児屋根命(あめのこやねのみこと)と、さらに(中臣氏の祖神)
とありました。
中臣氏の名前が出ているのがちょっと珍しい。
ああ、ここは現世利益だ。商売繁盛。パワーあるなあ。
扁額は「二宮」とあります。
並びからしたら、左がえびす社の二の宮で事代主命(ことしろぬしのみこと)、
右が大黒社の三の宮で建御名方神(たけみなかたのみこと)はずですが、
説明がなかったので、確かめてはいません。
一の宮に、こうした現世利益のお社で、
しかも本殿と並ぶくらいの大切さで
二の宮が並んであるのは、ちょっと珍しい。
さらに、ご祭神の大己貴命(おおなむちのみこと)といい
二宮、三宮の方々といい、出雲系のお社である事がよくわかります。
熱田神宮に草薙の剣があることも含めて、
このあたりは出雲系の神様のテリトリーのようです。
ここに立つと、すぅっと、気持ちがそちらに
引っ張られるのがわかります。
ここ、奥宮だ。
ホントに参拝すべきは、奥山で、本宮山を神さまの山とする信仰が最初だったんじゃないかな。
でも、ごめんなさい。今回は、時間ぎれ。ここまで。
左は、守見殿神社。
穏やかで、ここも、良い感じのところですが、こんな説明書きが。
縁結び。いかがでしょうか。
大己貴命は、もてたから、ダンシの縁結びにもご利益があるのかも。
一の宮らしいのびやかな境内ですが、
ちょっと、不思議な配置になっています。
境内の地図です。
公式ページから転用しました。
西の参道が長く延びているのですが、それに対する東がない。
奥宮の遥拝所や、二の宮にあたるえびす社も
南面しているのですが、いずれも、本殿の西側。
西の鳥居も大きく扱われているのに対し、東にバランスがとれるものがない。
もともと、大本山の奥宮に対し、
この里宮は豊川に対するお宮として置かれたとも聞きました。
と、すると、この西参道が目指しているのは、
里宮の東を流れる豊川だとしたら、なんとなく納得できます。
鹿というのも、鹿島神宮との、
あるいは、のちの藤原氏となる中臣氏の氏神である春日大社との
つながりを連想させます。
でも、最初は山と川に対する古い神さま、だったようです。