上野国総社神社

その地方、昔の国(今の都道府県にあたります)の全部の神社を集めた神社が、総社とよばれます。
国府(役所、県庁でしょうか)が置かれた当時、役人たちの大切な仕事のひとつが、その地方の神さまを参拝し、お祀りすることでした。
各地に赴くのではなく、国府の近くに、各地におられる神さまをひとつの場所に集めたのが、総社神社です。

なので、各地に総社神社はあります。
そして、その地方によって、総社神社といってもご祭神が同じではないので、神社によってかなり、雰囲気が違うものになります。

この上野国(群馬)の神さまに集まっていただいたのが、上野総社神社です。

鳥居。

向かって右隣には、徳蔵寺があります。もともとは、ひとつのもの。総社神社の別当だったそうです。

時代が新しくなってから、国府あとを利用し、この地には蒼海城が築かれていました。
境内にあるこの図をみると、東の端に総社神社と徳蔵寺が見えます。

この周辺には、城のあとを感じさせるものは、あまりないのですが、神社近くでは、発掘調査がされていました。
前橋市のサイトには、その資料があがっていて読むことができます。

拝殿。

ご挨拶します。

ご祭神は経津主命(フツヌシノミコト)とうかがいましたが、このヤマトの神さまがくる前から、ここは川が近く、人が住んでいた場所で、もともと名前も今はないような、古い方がいらした土地だと思います。
さらに、位置としてこの拝殿の後ろの方角に、なにかがあるようです。

拝殿の脇に貼ってあった御筒粥置炭式の占い帳。

同じような筒がゆ神事は、同じ群馬の咲前神社でもありました。
咲前神社の記事は、こちらから。

本殿。

美しい彫刻がなされています。

境内では、結婚式の撮影もされていました。

このご神木が、なかなかよい感じです。

九十九社。(くじゅうくしゃ)

全国の一の宮を勧請されたとのこと。
前回の第62回の伊勢神宮のご遷宮を記念して新しくされたそうです。
全国の神さまが、キュッとここに集まっている印象。

本殿の後ろにあたる場所には、蚕影(こかげ)大神とある石碑。

この地は、明治から昭和にかけて、蚕(かいこ)を飼って絹糸をとる養蚕がさかんな土地でした。

その隣は、稲荷社。願掛け稲荷、とあります。

赤いパイロンがちょっと、残念なのですが、このお稲荷さん、なかなかパワーがあります。

このあたりが、本殿のうしろにあたるのですが、でも、このすぐ後ろではなく、この拝殿の後ろの方向に、なにか、ありそうだなあ、と思っていました。

帰ってから調べてたら、こちらの後ろの方角には、元宮にあたる宮鍋神社があるそうです。
そっちなのかな。

でも、ここには、「ない」というのではなく、境内をでると、わかるのは、結界感。
怖い神さま、という印象はないけれど、境内をでると時空がパキっと切り替わるのがわかります。
この境内は、もとはお城の一角だったこともあるでしょうが、周囲の広がりと、街中を流れる利根川の(すごく意外なほどの急流なのです)動きとは、全く別の結界の時間がここに流れています。

前橋市 発掘調査成果の公開 (速報「い・せ・きワールドin前橋」年度ごとのPDFです)

上野国府パンフレット (PDF)

上野国総社神社 公式サイト