拝殿にあがる階段の先にあるのは金色の鳥居。
幸福の鳥居、だそうです。
平成五年(1993)に皇太子殿下のご成婚を記念して建立されたそう。
この金色の使い方って、最上稲荷でも同じように感じたなあ。
最上稲荷の記事は、こちら。
拝殿をぐるっとまわるようにして十二支が掲げられています。
これはねずみ。
ご神体は秋葉山とお聞きしていたのですが、拝殿の奥に本殿があるようにみえます。
創建は古く、大昔は「岐陛保神ノ社」(キヘノホノカミノヤシロ)と称されていました。
「キヘ」は「岐陛(きへ)」で、秋葉の古語であるとも聞きました。
また、「ホノカミ」は、火(ホ)ノ神であるともいわれているので、秋葉山におられる火の神さまという事だと思います。
明治以前の修験道の時代は、秋葉山の北の竜頭山にお不動様がおられたそうです。
なので、大神神社のように三輪山を直接、拝するというより、仏像のようなご神体にあたるものがおられるのかもしれません。
サイトで本殿内を画像で見せていただく事ができますが、それをみても御簾(みす)がかかっているその向こう側に、神さまがおられる様子があります。
秋葉山「も」ご神体であって、実際にはもっと目の前に具体的な祈りの対象があるような気がします。
拝殿まえからみると、天竜川がクネクネと竜のようでもあり、その先にキラキラひかる海までみえました。
暴れる川であり、たくさんの恵みと災害をもたらした竜の川は、こちらの火の神さま、あるいは古くに奥の院におられたお不動様が火炎によって押さえられているのかもしれません。
説明はないのですが、祓戸の大神と伊勢神宮の内宮、外宮の神さまかと思います。
手前の箱に火打ち金がはいっていました。
火は調理の加熱をし、あるいは身体をあたためるという生活に欠かせないものである一方で、こうして祓い清める作用もあります。
身近にあって当たり前になりがちですが、それは、お母神さまの陰部を焼いて死にいたらしめるような神さまでもあるの、丁寧にあつかうものであるのだと思います。
明治になって以降、修験道が表からなくなったのですが、見えないモノにたいする信仰とともに、具体的な誰々さん、ナニナニ上人という方がおられてこそ、支えていただける部分は、必ずあると思うのです。
具体的に話してもらう、あるいは話をきいてもらう、ということが必要だと思うのです。
今のお寺制度、あるいは神社のあり方をここでは考えることはしませんが、近所のお寺さんや、先生と呼ばれる神社の神職とお話できる機会があるのは大事だと思うのです。