メール鑑定

あわいの力

言葉、というものはとても便利なんだけれど
頼りきってしまうことがあります。
契約でも指示でも、文書にしないとだめ、だし。
「愛してるなら、カタチにして」、みたいに。

でも、その文字って、いつ頃、誕生したんでしょう?

文字の誕生をみていると、同時期に心の誕生も見える。
それは「時間」の概念が、
わかるようになったから、とおっしゃっています。

時間の観念ができると、
後悔、反省などの
心の問題もかかえるようになったのでは?と。
つまり、文字と同時に心を獲得して、
その「心」に悩むようになった私たち。

私は、心って、猿から人間になったとたんに、
二足歩行をしたとたんに、発生したものかと思っていました。

しかも、文字を必要としなかった日本人としての私。
古事記は、中国から文字が伝わってから、
口伝えにされていた物語を書きとめたのです。

私は、だれなんだ?
なんのために、生まれてきたのか?
後悔すると、必ず、こう自問します。
文字を獲得したその時代、
心の問題をもった私たちに応えるタイミングで
イエスや、ブッダなどの天才が、出現しています。

イエスやブッダは、
心をもった私たちの不安に、応えようとされたのです。

彼らは、私たちの「不安」をどう感じたのでしょうか。

古代、感情が一体化することや、
心が動く様子は、
「内臓が同期する」と表現されていました。
文字ではなく、身体が同期するのが
「同情」する、感情がひとつになる、という事です。

それは、初期は、子宮が動く文字を使っていました。
時代がすすむにつれ、「腹がたつ」「アタマにきた」と
身体の上部に移動して、いまや頭が心の中心になってきました。

いまや、アタマン中、心でいっぱいの、現代の私たち。
考えるなと言われても、考えてしまう。

そして、イエスが、おっしゃったのは「変容せよ」
あるいは、「ものの見方を変えよ」

当時の言葉の語源は、このようなものらしいです。
「悔い改めよ」と言われるが、その語源は、こんな意味だそうです。

そして、心に不安をもった私が、
イエスに触れられて癒される。
これは、どういうことでしょうか。

触れられることは、身体を確認して、他人と同期すること。

同情する、ということが、身体を同期することなら
自分の身体を確認することは、とても大切。

そこでイエスは、「変容せよ」と、おっしゃる。

不安な時に、触れられて、こんな事を言われたら、変わっちゃうよねぇ。

でも、現代のイエスさまは、まだ、でてきていません。
また、「心」の次の概念は、まだ私たちには見えてこない。

その準備として、
身体との付き合い方と、
心の生まれた瞬間を広めておきたい、とメッセージがあります。

心と身体の付き合い方に、適した場所は、どこでしょうか。

刺激が多すぎて考えられない「外」ではなく、
ひきこもってしまって広がらない「内」でもない。

それは自然、公園だとおっしゃっています。

私の場合は、パワスポも多いのですが、
その中にいて、いろんな音や風を感じて
自分をあやふやにしていると、
実は、すごい、いろんな事を
考えている事にあとで気がつきます。
それは、あらためてブログの「文字」にすると
とてもよくわかります。

ウォーキングとかイヌの散歩とかでなく
つまり、身体をきたえようとか、相手のペースとかでなく
自分のペースで歩くのが、いいみたいですよ。

あわいの力
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これは、安田登さんの能についてのエッセイ。
これもおもしろいです。
能だから、亡霊や幽霊でもアリなんだよね。

the能ドットコム

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