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石上神宮 禁足地 出雲建雄神社 猿田彦神社

石上神宮(いそのかみじんぐう)怖いくらい荒々しい波動のある聖地です。

明治時代になるまで本殿はありませんでした。

明治になって、禁足地を調査したところ、多くの出土品とともに、神剣「韴霊(ふつのみたま)」が掘り起こされたそうです。

国宝である七支刀も、こちらの神庫にあったものだそうです。
普段は、見ることができませんが、以前、大神社展があったときに見ることができました。
大神社展については、こちらの記事で。
金属のカタナというより、斧とか土器に重い波動をもっている刀でした。
文字の色が、うっすら赤くのこっていたのも印象的でした。

禁足地の瑞垣の近くまで行けるかなと思って、楼門を回ります。

禁足地の近くまでいくと、山への道がありました。

コワい、コワい。もちろん、入れません。
というか、入りたくありません。

楼門を下にみるような形で、摂社の出雲建雄神社(いずもたけおじんじゃ)があります。
その隣には、猿田彦神社。

この摂社は、公式サイトでは、「草薙剣(くさなぎのつるぎ)の荒魂(あらみたま)である 出雲建雄神(いずもたけおのかみ)をお祀りしています」とあります。

草薙の剣は、どうも、アチコチにいってるなあ。熱田神宮に参拝したときに、草薙の剣について、書いた記事があります。

この出雲建雄神は、出雲との関係を示しているんだろうけど、ちょっとわからないなあ。
でも、いずれ教えてもらえるでしょう。
こちらは、以前、若宮と称されていたこともあるそうです。
ご祭神のお子様の神さま、ということなのですが、若いというのは、エネルギーが強い、という意味も含まれているそうです。
帰ってから、しつこくそんな理由を探していたのかというと、どうも、この楼門を下にみるこの摂社のある場のエネルギーが高いのです。

拝殿の前は、厳粛な空間で、重い沈み込む感じはあっても、エネルギーが上がってくる、あるいは降ってくる感じがしません。

さらに、公式サイトをみると、場のエネルギーの高さは、もしかしたら、右となりにあり猿田彦神社も関係しているのかもしれない、と思えてきました。

公式サイトには、「古くは東方の布留山の山上にあり、山上幸前・祭王御前・道祖神社などと呼ばれていました」とあります。
そうか、布留山のエネルギーをこの小高い、楼門を見下ろす場所にもってきたんだ。
なるほどね。
そういうわけなら、楼門の構えも、布留山の方向がスカっとして何もない感じもわかります。

摂社の後ろの山。布留山につながります。

摂社のある近くにあった杉。

しめ縄をつけています。こういった植物のパワーは優しいなあ、とホッとします。
なんせ、ここは石と刀と、怖い神さまのお社。

楼門にあった提灯。

物部氏の氏神というより、もとからあった大きな神さまを物部氏が氏神とした、という印象が強いなと感じていました。
そして、今は、「神宮」と称されて菊のご紋がある神社。

物部(もののべ)とは、モノノフのモノであり、大神神社のオオモノヌシのモノでもあるんだな、とぼんやり考えていました。
そして、物部氏が蘇我氏との争いに負けて、古代の政治の場から消えても、もとからあった強いモノは、ここに残っているんだな。

石上神宮の公式サイトのなかに、石上神宮フォトブログ「山の辺の社」があります。美しいので、おすすめ。

石上神宮 公式サイト

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